若槻禮次郎(わかつき れいじろう)

若槻礼次郎の墓(2008年) [1866~1949]明治から昭和時代前期の政治家。叔父若槻敬の養子。大蔵次官をへて、貴族院議員。第3次桂、第2次大隈内閣の蔵相をつとめ、 加藤高明 内閣では内相として普通選挙法、治安維持法を成立させた。大正15年憲政会総裁となり、第1次若槻...

加藤高明(かとう たかあき)

加藤高明の墓(2008年) [1860~1926]明治から大正時代の外交官、政治家。岩崎弥太郎の娘婿。三菱本社勤務から官界をへて政界に転じ、明治33年第4次伊藤内閣外相となる。大正4年第2次大隈内閣外相として、中国に対華二十一ヵ条要求を受諾させた。5年憲政会総裁。13年護...

清浦奎吾(きようら けいご)

清浦奎吾の墓(2013年) [1850~1942]明治から大正時代の官僚、政治家。広瀬淡窓創立の咸宜園にまなぶ。内務官僚として 山県有朋 に信任され、明治24年貴族院議員。法相、農商務相、枢密顧問官などを歴任し、大正13年貴族院を母体に超然内閣を組織するが、総選挙で護憲三...

加藤友三郎(かとう ともさぶろう)

加藤友三郎の墓(2008年) [1861~1923]明治から大正時代の軍人、政治家。日清戦争に出征。日露戦争では連合艦隊参謀長として日本海海戦を指揮。第2次大隈内閣の海相となり、海軍大将に昇進。大正10〜11年ワシントン会議に首席全権として出席、海軍軍縮条約に調印。翌年首...

高橋是清(たかはし これきよ)

高橋是清の墓(2019年) [1854~1936]明治から昭和時代前期の政治家。明治44年日銀総裁。大正10年暗殺された原敬のあと首相・政友会総裁となる。13年衆議院議員。昭和2年の金融恐慌では蔵相として支払猶予令を施行、6年金輸出再禁止を実施。11年二・二六事件で暗殺さ...

山本権兵衛(やまもと ごんのひょうえ)

山本権兵衛の墓(2008年) [1852~1933]明治から大正時代の軍人、政治家。海軍の改革につとめ、第2次山県・第4次伊藤・第1次桂内閣の海相を歴任。日清・日露戦争では作戦を統括。大正2年と12年首相となるが、それぞれシーメンス事件と虎ノ門事件で辞職。海軍大将、伯爵。...

西園寺公望(さいおんじ きんもち)

西園寺公望の墓(2019年) [1849~1940]明治から昭和時代前期の政治家。徳大寺公純の次男。西園寺師季の養子。フランス留学後、明治14年明治法律学校(現明大)を設立。伊藤内閣の文相などを歴任。36年政友会総裁、39年と44年に首相。パリ講和会議の首席全権をつとめ、...

桂太郎(かつら たろう)

桂太郎の墓(2008年) [1848~1913]明治から大正時代の軍人、政治家。参謀本部にはいり、 山県有朋 を補佐して陸軍の軍制改革に着手。日清戦争に出征。第3次伊藤内閣などの陸相として軍拡政策を推進した。明治34年第1次桂内閣を組織、以後 西園寺公望 と交互に政権を担...

大隈重信(おおくま しげのぶ)

大隈重信の墓(2018年) [1838~1922]明治から大正時代の政治家。長崎でフルベッキに英学をまなぶ。維新後、明治政府の徴士参与職、外国官副知事、大蔵卿、参議などを歴任。秩禄処分、地租改正などを推進した。明治十四年の政変で官職を辞し、翌年立憲改進党を結成し、総裁。同...

松方正義(まつかた まさよし)

松方正義の墓(2017年) [1835~1924]明治から大正時代の政治家。もと薩摩鹿児島藩士。パリ万国博の事務局副総裁となり、明治11年渡欧。14年以降大蔵卿、蔵相として紙幣整理、増税の松方財政を推進。また日本銀行を設立し、金本位制を実施。24年、29年の2度内閣を組織...

山縣有朋(やまがた ありとも)

山県有朋の墓(2014年) [1838~1922]明治から大正時代の軍人、政治家。もと長門萩藩士。松下村塾にまなび、奇兵隊軍監となる。維新後、徴兵制、軍制を確立し、明治6年陸軍卿、11年初代参謀本部長。18年初代内相となり地方制度を整備。22年、31年の2度組閣。以後も元...

黒田清隆(くろだ きよたか)

黒田清隆の墓(2008年) (中央) [1840~1900]明治時代の政治家。 坂本竜馬 らと薩長同盟の成立につくす。明治7年参議兼開拓長官。9年特命全権弁理大臣として日朝修好条規を締結。14年開拓使官有物払い下げ問題で世論の攻撃をうけた。21年首相になったが条約改正に...

伊藤梅子(いとう うめこ)

伊藤梅子の墓(2015年) [1848~1924]幕末から大正時代の女性。 伊藤博文 の妻。もと長門裏町の芸妓。和歌や英語をまなび、良妻賢母ぶりをうたわれた。長女生子を末松謙澄に、次女朝子を西源四郎にとつがせた。本姓は木田。前名は小梅。 伊藤家墓所(東京都品川区西大井...

伊藤博文(いとう ひろぶみ)

伊藤博文の墓(2015年) [1841~1909]幕末から明治時代の政治家。周防の農民の子で、松下村塾にまなぶ。イギリス公使館焼き打ちに参加するなど尊攘運動にしたがうが、文久3年渡英。明治4年岩倉遣欧使節団の全権副使となる。 大久保利通 の没後、内務卿となり、14年の政変...

足利義栄(あしかが よしひで)

足利義栄の墓(2010年) [1538~1568]室町幕府14代将軍。在職1568。足利義維の長男。従兄の13代将軍足利義輝が 松永久秀 らに暗殺されたのち、三好長逸らに擁立されて永禄11年14代となる。まもなく義輝の弟義昭も 織田信長 に奉じられて京都にはいったため、阿...

足利義稙(あしかが よしたね)

足利義稙の墓(2010年) [1466~1523]室町幕府10代将軍。在職1490〜93、1508〜22。足利義視の子。9代将軍足利義尚の死後、伯母日野富子らに擁立されて将軍職をつぐ。明応2年細川政元の反乱で将軍を廃されたが、大内義興、細川高国の支援で復した。のち高国と対...

足利義政(あしかが よしまさ)

足利義政の墓(2010年) (中央) [1436~1490]室町幕府8代将軍。在職1449〜74。 足利義教 の子。母は日野重子。文安6年将軍職につくが、畠山持国、細川勝元ら宿老中心の政治をきらい遊興にふける。寛正5年弟義視を後嗣にさだめたが、妻日野富子が義尚を生んだた...

足利義教(あしかが よしのり)

足利義教の墓(2010年) [1394~1441]室町幕府6代将軍。在職1429〜41。足利義満の子。兄義持の死後、くじにより後継者にえらばれ、還俗して正長2年将軍となる。宿老との合議制をとったが、しだいに将軍専制をめざすようになり、不安をもった播磨守護赤松満祐にはかられ...

足利尊氏(あしかが たかうじ)

足利尊氏の墓(2010年) [1305~1358]室町幕府初代将軍。在職1338〜58。足利貞氏の子。後醍醐天皇による鎌倉幕府打倒の元弘の乱で、はじめ幕府軍につくが倒幕に転じ、建武新政第一の功臣となる。のち建武政権にそむき、天皇方に敗れて一時九州にのがれるが、建武3=延...

北条高時(ほうじょう たかとき)

開基廟(2011年) (8代執権北条時宗・9代執権北条貞時との合葬墓) [1303~1333]鎌倉時代の武将。 北条貞時 の次男。正和5年14代執権となるが、内管領長崎高資らに実権をにぎられ酒宴、田楽にふけったという。正中3年執権を金沢貞顕にゆずり出家。元弘の乱で後醍醐...

北条貞時(ほうじょう さだとき)

開基廟(2011年) (8代執権北条時宗・14代執権北条高時との合葬墓) [1272~1311]鎌倉時代の武将。 北条時宗 の長男。弘安7年9代執権となる。8年安達泰盛を、永仁元年には平頼綱をほろぼして幕政の実権をにぎる。要職に御内人を配するなど得宗としてその権力をつよ...

覚山尼(かくさんに)

覚山尼の墓(2015年) [1252~1306]鎌倉時代の尼僧。安達義景の娘。母は北条時房の娘。臨済宗。弘長元年 北条時宗 にとつぎ、嫡男 貞時 を生む。弘安7年夫とともに鎌倉円覚寺の無学祖元を師として出家。翌年東慶寺(縁切寺)の開山となる。勅許をえて、女性を救済する寺法...

北条時宗(ほうじょう ときむね)

開基廟(2011年) (9代執権北条貞時・14代執権北条高時との合葬墓) [1251~1284]鎌倉時代の武将。北条時頼の子。母は北条重時の娘。文永元年連署となり、年将軍宗尊親王を廃し、惟康親王を擁立。5年8代執権につく。9年庶兄の北条時輔らを討ち、得宗としての地位を確...

北条経時(ほうじょう つねとき)

北条経時の墓(2015年) [1224~1246]鎌倉時代の武将。北条時氏の長男。母は松下禅尼。仁治3年祖父 泰時 の死で4代執権となる。寛元2年4代将軍九条頼経の子頼嗣を5代将軍にたて、3年妹檜皮姫をその室とし、将軍家との関係をつよめる。4年病気により執権を弟時頼にゆず...

北条泰時(ほうじょう やすとき)

北条泰時の墓(2013年) [1183~1242]鎌倉時代の武将。北条義時の長男。承久の乱では叔父北条時房とともに京都に攻めのぼる。乱後、初代六波羅探題北方。元仁元年3代執権となり、連署や評定衆の新設による合議制や貞永元年の「御成敗式目」の制定で執権政治を確立。和歌をよく...

竹御所(たけのごしょ)

竹御所の墓(2016年) [1203~1234]鎌倉時代の女性。2代将軍源頼家の娘。寛喜2年4代将軍九条頼経の妻となったが、難産のため天福2年没した。竹御方ともいう。 妙本寺(奈川県鎌倉市大町1-15-1)に埋葬されています。 墓地の全景です。 ウィキ...

源実朝(みなもと の さねとも)

源実朝の墓(2010年) [1192~1219]鎌倉幕府3代将軍。在職1203〜19。 源頼朝 の子。母は 北条政子 。北条氏に擁立されて建仁3年将軍となるが、北条氏に実権をうばわれたため、官位に執着。建保6年右大臣に昇進。7年鎌倉鶴岡八幡宮での拝賀式のとき、甥の公暁に暗...

一幡(いちまん)

一幡の袖塚(2016年) [1198~1203]鎌倉時代、源頼家の長男。母は 比企能員 の娘。建仁3年父危篤のとき没後の諸国地頭職の分割が決定され、関東28国の地頭職をつぎ、関西38国の地頭職は叔父千幡( 源実朝 )に譲与されることにきまる。これを北条時政の陰謀とみて時政...

北条政子(ほうじょう まさこ)

北条政子の墓(2010年) [1157~1225]平安後期から鎌倉時代、 源頼朝 の妻。北条時政の娘。伊豆配流中の頼朝と結婚、源頼家・ 実朝 と2女を生む。頼朝の死後尼となり幕政にかかわる。3代将軍実朝の死後は九条頼経を4代将軍にむかえ、政務を後見。尼将軍と称される。承久...

源頼朝(みなもと の よりとも)

源頼朝の墓(2010年) [1147~1199]鎌倉幕府初代将軍。在職1192〜99。源義朝の三男。母は熱田大宮司季範の娘。妻は 北条政子 。平治の乱後の処分で、伊豆蛭ケ小島に配流。治承4年平氏打倒の兵をあげ、石橋山で大敗するが安房にのがれて勢力を拡大。鎌倉を本拠として東...