尾崎秀実(おざき ほつみ)

尾崎秀実の墓(2008年) [1901~1944]昭和時代前期の中国問題評論家。尾崎秀樹の兄。大正15年東京朝日新聞社入社。上海支局時代にスメドレー、 ゾルゲ らを知る。帰国後、第1次近衛内閣、満鉄調査室の嘱託をつとめ、東亜協同体論を唱える。昭和16年ゾルゲ事件で国際スパ...

島村抱月(しまむら ほうげつ)

島村抱月の墓(2014年) [1871~1918]明治から大正時代の劇作家、演出家。イギリス、ドイツに留学後、明治38年早大教授となる。「早稲田文学」を復刊し、自然主義文学理論を発表。坪内逍遥の文芸協会創立にくわわる。大正2年女優松井須磨子と芸術座をつくり、新劇運動に専心...

岡倉天心(おかくら てんしん)

岡倉天心の墓(2008年) [1863~1913]明治時代の美術指導者、思想家。フェノロサとともに明治22年の東京美術学校(現東京芸大)の設立につとめ、23年校長。この間に美術専門誌「国華」を創刊。31年校長排斥運動(美校事件)で辞職。日本美術院を設立する。のちボストン美...

陸羯南(くが かつなん)

陸羯南の墓(2008年) [1857~1907]明治時代の新聞記者。内閣官報局勤務ののち、明治21年谷干城らの援助をうけ、新聞「東京電報」を創刊。22年同紙を「日本」に改題、39年まで社長兼主筆をつとめ、一貫して国民主義の論陣をはった。旧姓は中田。本名は実。著作に「近時政...

福地桜痴(ふくち おうち)

福地桜痴の墓(2018年) [1841~1906]明治時代のジャーナリスト、劇作家。もと幕臣。慶応4年佐幕派の新聞「江湖新聞」を発刊し、逮捕され発禁となる。明治7年東京日日新聞社の主筆、9年社長。15年帝政党を結成、37年衆議院議員。演劇改良の場として、22年歌舞伎座を創...

栗本鋤雲(くりもと じょうん)

栗本鋤雲の墓(2018年) [1822~1897]幕末から明治時代の武士、新聞記者。奥詰医師の栗本瑞見をつぐ。文久2年士分となり、箱館奉行組頭。のち目付、外国奉行などをつとめ、幕末の外交交渉にあたる。維新後「報知新聞」主筆として活躍。本姓は喜多村。名は鯤。通称は瀬兵衛。別...

成島柳北(なるしま りゅうほく)

成島柳北の墓(2018年) [1837~1884]幕末から明治時代の儒者、新聞人。成島筑山の三男。幕臣。奥儒者。のち騎兵頭、外国奉行、会計副総裁。維新後は朝野新聞社長として新時代を風刺、批判し政府の言論弾圧とたたかった。名は惟弘。字は保民。通称は甲子太郎。別号に確堂、何有...

朝永振一郎(ともなが しんいちろう)

[1906~1979]昭和時代の理論物理学者。朝永三十郎の長男。昭和7年理化学研究所研究員。12年ドイツへ留学。東京文理大教授となり、31年東京教育大学長。日本学術会議会長。量子力学の分野で、18年超多時間理論、22年くりこみ理論を発表。27年文化勲章。40年ノーベル物理...

金田一京助(きんだいち きょうすけ)

金田一京助の墓(2018年) [1882~1971]明治から昭和時代の言語学者、国語学者。金田一春彦の父。大正11年国学院大教授、昭和16〜18年東京帝大教授。知里幸恵、金成マツらの協力をえてアイヌ民族の言語、文学、民俗をはじめて体系的に研究し、昭和7年「アイヌ叙事詩ユー...

柳田国男(やなぎた くにお)

柳田國男の墓(2009年) [1875~1962]明治から昭和時代の民俗学者。農商務省にはいり、法制局参事官をへて貴族院書記官長を最後に官を辞し、朝日新聞社客員論説委員、国際連盟委員として活躍。かたわら雑誌「郷土研究」の刊行、民俗学研究所の開設などをすすめ、常民の生活史を...

松村松年(まつむら しょうねん)

松村松年の墓(2018年) [1872~1960]明治から昭和時代の昆虫学者。松村介石の弟。母校札幌農学校の助教授となり、ドイツ留学をへて、明治35年東北帝大農科大学(のち北海道帝大)教授。日本産昆虫の和名の命名法を創案するなど「日本昆虫学の祖」と称される。日本昆虫学会会...

牧野富太郎(まきの とみたろう)

牧野富太郎の墓(2017年) [1862~1957]明治から昭和時代の植物学者。土佐の酒造家牧野佐平の長男。独学で植物学をおさめる。明治17年東京大学植物学教室にはいり、四十余年助手、講師をつとめる。新種1000、変種1500余に命名した。昭和25年学士院会員。26年文化...

志賀潔(しが きよし)

志賀潔の墓(2009年) [1871~1957]明治から昭和時代の細菌学者。伝染病研究所で 北里柴三郎 に師事。明治31年赤痢菌を発見。のちドイツのエールリヒのもとで免疫学、化学療法を研究。大正4年北里とともに新設の北里研究所にうつる。慶大教授、京城帝大総長をつとめた。昭...

野中至(のなか いたる)

野中至の墓(2018年) [1867~1955]明治から昭和時代前期の気象観測者。富士山頂越冬気象観測を計画し、明治28年山頂に私設観測所を建設。10月1日入山、あとから参加した妻の千代子とともに観測をつづけたが病にたおれ、12月下山した。その事績は落合直文「高嶺の雪」、...

仁科芳雄(にしな よしお)

仁科芳雄の墓(2008年) [1890~1951]大正から和時代の物理学者。理化学研究所にはいり、ヨーロッパに留学。量子物理学を研究し、昭和3年クライン=仁科の公式をみちびきだす。6年理研に仁科研究室を創設、宇宙線、原子核などの研究、研究者の育成につとめる。またサイクロト...

長岡半太郎(ながおか はんたろう)

長岡半太郎の墓(2015年) [1865~1950]明治から昭和時代の物理学者。明治29年母校帝国大学の教授となり、のち理化学研究所員をかね、長岡研究室を主宰した。36年土星型原子模型理論を発表。地球物理学、光学などおおくの分野で業績をのこした。昭和6年大阪帝大初代総長、...

鈴木梅太郎(すずき うめたろう)

鈴木梅太郎の墓(2009年) [1874~1943]明治から昭和時代前期の農芸化学者、栄養化学者。ドイツでエミール=フィッシャーに師事。帰国後東京帝大教授、理化学研究所員となる。明治43年米ぬかからオリザニン(ビタミンB1)をとりだし、ビタミン学研究の先駆者となった。昭和...

北里柴三郎(きたさと しばさぶろう)

北里柴三郎の墓(2010年) [1853~1931]明治から昭和時代前期の細菌学者。明治18年ドイツに留学、コッホに師事。22年破傷風菌の純粋培養に成功し、翌年破傷風の血清療法を開発する。27年香港でペスト菌を発見。その間の25年私立の伝染病研究所を設立。同研究所の東京帝...

野口英世(のぐち ひでよ)

[1876~1928]明治から昭和時代前期の細菌学者。順天堂医院、伝染病研究所の助手をへて明治33年渡米。ロックフェラー医学研究所につとめ、44年梅毒病原体スピロヘータの純粋培養に成功した。大正4年学士院恩賜賞。アフリカで黄熱病研究中に感染し、アクラ(現ガーナの首都)で昭...

上野英三郎(うえの ひでさぶろう)

上野英三郎の墓(2008年) [1871~1925]明治から大正時代の農学者。明治41年ドイツ、フランス、アメリカに留学。帰国後の44年母校東京帝大農科大の農業工学講座の初代教授となる。灌漑排水と耕地整理の分野で業績をのこす。 忠犬ハチ公 の飼い主としても知られた。著作に...

ラファエル・フォン・ケーベル

ラファエル・フォン・ケーベルの墓(2018年) [1848~1923]ロシアの哲学者、音楽家。父はドイツ系ロシア人。自身はドイツを祖国とした。モスクワでピアノを、ドイツで哲学と文学をまなぶ。明治26年来日。帝国大学、のち東京帝大で大正3年まで哲学やギリシャ語、ラテン語など...

岸本辰雄(きしもと たつお)

岸本辰雄の墓(2008年) [1852~1912]明治時代の法律家。鳥取藩士の子。明治9年司法省初の留学生としてフランスに留学。帰国後大審院判事などをへて、弁護士となる。この間14年に明治法律学校を創設し、21年初代校長、36年明治大学に改組後は学長に推され、死去するまで...

下瀬雅允(しもせ まさちか)

下瀬雅允の墓(2008年) [1860~1911]明治時代の化学技術者。大蔵省印刷局に勤務ののち、海軍兵器製造所の技手に転じ、火薬の研究に専念。ピクリン酸を主成分とする高性能の下瀬火薬を発明。この火薬は明治26年海軍に採用され、のち日露戦争の海戦で威力を発揮。海軍下瀬火薬...

若松竹軒(わかまつ ちくけん)

若松竹軒の墓(2018年) [1831~1908]幕末から明治時代の漢学者。上野沼田藩士。川崎魯斎、佐藤一斎らにまなぶ。江戸麻布に塾をひらき、のち商工学校などでおしえた。名は節。字は甘吉。著作に「大学句解」など。 護国寺(東京都文京区大塚5-40-1)に埋葬されていま...

津田仙(つだ せん)

津田仙の墓(2008年) [1837~1908]明治時代の農学者、教育者。下総佐倉藩藩士小島善右衛門の子。津田梅子の父。幕臣津田栄七の婿養子。洋学をまなび、外国奉行支配通弁となる。慶応3年通訳として渡米。明治6年ウィーン万博に参加し西洋農法をまなぶ。学農社農学校をひらき、...

矢代操(やしろ みさお)

矢代操の墓(2015年) [1853~1891]明治時代の法学者。もと越前鯖江藩士。明治3年大学南校(東大の前身)にはいり、5年司法省明法寮でフランスの法学をまなぶ。11年講法学舎をひらいて法学をおしえ、14年 岸本辰雄 らと明治法律学校(現明大)を創設。のち元老院・貴族...

川本幸民(かわもと こうみん)

川本幸民の墓(2008年) [1810~1871]江戸時代後期の蘭学者。足立長雋に蘭方医学を、 坪井信道 に蘭学をまなぶ。天保5年郷里の摂津三田藩藩医となり、翌年江戸で開業。理化学に通じ、「気海観瀾広義」を翻訳・刊行し、天文・熱学・光学・電気・化学などを紹介・解説。安政6...

箕作阮甫(みつくり げんぽ)

箕作阮甫の墓(2009年) [1799~1863]江戸時代後期の蘭学者。美作津山藩医。儒学を古賀侗庵に、蘭学、蘭方を宇田川玄真にまなんだ。天保10年幕府天文台の訳員、のち蕃書調所教授となる。医書のほか多分野の訳書がある。名は虔儒。字は庠西。号は紫川。著訳書に「泰西名医彙講...

二宮尊徳(にのみや そんとく)

二宮尊徳の墓(2019年) [1787~1856]江戸時代後期の農政家。勤倹努力して没落した家を再興。小田原藩家老服部家、藩主の分家宇津家の下野桜町領、陸奥中村藩などの再建に尽力。のち幕臣となり、日光領の復興にあたる。門下はその教えをうけて報徳社運動を展開した。「二宮尊徳...

渋川景佑(しぶかわ かげすけ)

渋川景佑の墓(2014年) [1787~1856]江戸時代後期の暦算家。 高橋至時 の次男。 高橋景保 の弟。 伊能忠敬 に測量術をまなぶ。天文方渋川正陽の養子となり、文化6年家督をつぐ。実父の遺業のラランデ暦書の訳解をつづけ、「新巧暦書」「新修五星法」を完成し幕府に献上...