山内豊信(やまうち とよしげ)

山内豊信の墓(2008年) [1827~1872]幕末の大名。山内豊著の長男。山内豊惇の養子となり、嘉永元年土佐高知藩主山内家15代。将軍継嗣問題に関与し安政の大獄で隠居謹慎となる。文久2年ゆるされて公武合体に尽力、3年土佐勤王党を弾圧し武市瑞山らを処断。慶応3年大政奉還...

伊達宗城(だて むねなり)

伊達宗城の墓(2018年) [1818~1892]幕末から明治時代の大名。旗本山口直勝の次男。伊達宗紀の養子となり、天保15年伊予宇和島藩主伊達家8代。将軍継嗣問題で 一橋慶喜 を擁立したため、安政の大獄で隠居。以後も島津久光らと公武合体派として活躍。維新後は民部卿、大蔵...

伊達秀宗(だて ひでむね)

[1591~1658]江戸時代前期の大名。 伊達政宗 の長男。慶長元年6歳で 豊臣秀吉 の猶子となる。19年父政宗とともに大坂冬の陣に出陣、その功により 徳川秀忠 から伊予宇和郡10万石をあたえられ、宇和島藩主伊達家初代となった。 龍華山等覚寺(愛媛県宇和島市野川11...

蒲生忠知(がもう ただとも)

蒲生忠知の墓(2014年) [1605~1634]江戸時代前期の大名。 蒲生秀行 の次男。母は 徳川家康 の娘 振姫 。寛永4年兄の 蒲生忠郷 が没し、嗣子がないため会津60万石を没収されたが、かわりに忠知に松山20万石と近江日野4万石があたえられた。忠知にも嗣子がなく蒲...

松平定法(まつだいら さだのり)

松平定法の墓(2015年) [1835~1901]幕末から明治時代の大名。 松平定芝 の三男。 松平勝道 の隠居で、文久2年伊予今治藩主松平(久松)家10代となる。慶応4年久松に復姓。戊辰戦争では会津城の攻撃に参戦。明治5年隠居し、養子定弘(のち子爵)が跡をつぐ。初名は定...

松平勝道(まつだいら かつみち)

松平勝道の墓(2018年) [1813~1866]江戸時代後期の大名。池田政行の次男。 松平定芝 の養子となり、天保8年伊予今治藩主松平(久松)家9代。万延元年伯方島の古江浜塩田が竣工。初名は定保。通称は洪五郎。 霊巌寺(東京都江東区白河1-3-32)に埋葬されていま...

松平定芝(まつだいら さだしげ)

松平定芝の墓(2018年) [1791~1837]江戸時代後期の大名。 松平定剛 の子。文政7年伊予今治藩主松平(久松)家8代となる。通称は安之丞。号は甘棠(3代)、盾山。 霊巌寺(東京都江東区白河1-3-32)に埋葬されています。 (墓正面「嶺香院殿実誉体安恵相大...

松平定剛(まつだいら さだよし)

松平定剛の墓(2018年) [1771~1843]江戸時代後期の大名。 松平定休 の子。寛政2年伊予今治藩主松平(久松)家7代となる。文化2年藩校講書場(のち克明館)を創設。製塩、木綿織など殖産興業につとめた。通称は吉十郎。 霊巌寺(東京都江東区白河1-3-32)に埋...

松平定休(まつだいら さだやす)

松平定休の墓(2018年) [1752~1820]江戸時代中期から後期の大名。父松平定温が早世したため祖父 定郷 の嗣子となり、宝暦13年12歳で伊予今治藩主松平(久松)家6代。初名は定奉。通称は吉十郎。 霊巌寺(東京都江東区白河1-3-32)に埋葬されています。 ...

松平定郷(まつだいら さださと)

松平定郷の墓(2018年) [1702~1763]江戸時代中期の大名。松平定昌の六男。従兄の子松平定基の養子となり、享保17年伊予今治藩主松平(久松)家5代。同年享保の大飢饉がおきた。通称は左膳。号は甘棠(2代)。 霊巌寺(東京都江東区白河1-3-32)に埋葬されてい...

松平定時(まつだいら さだとき)

松平定時の墓(2018年) [1635~1676]江戸時代前期の大名。松平定房の次男。延宝2年伊予今治藩主松平(久松)家2代となる。 霊巌寺(東京都江東区白河1-3-32)に埋葬されています。 (墓正面「嶺香院殿実誉体安恵相大居士」) ウィキペディア で調べる...

松平頼胤(まつだいら よりたね)

松平頼胤の墓(2018年) [1811~1877]江戸時代後期の大名。松平頼儀の四男。妻は将軍 徳川家斉 の娘 文姫 。松平頼恕の養子となり、天保13年讃岐高松藩主松平(水戸)家10代。嘉永6年ペリー来航の際には幕命で江戸の浜御殿を警備。文久元年隠居。通称は貞五郎。号は鳳...

生駒親正(いこま ちかまさ)

生駒親正の墓(2014年) (右側) [1526~1603]戦国から江戸時代前期の武将。 織田信長 、 豊臣秀吉 につかえ、諸戦に活躍。天正15年讃岐15万石余の領主となり、のち高松城をきずく。関ケ原の戦いでは西軍に属したが、東軍にくみした子の一正に免じてゆるされた。別...

毛利元矩(もうり もとのり)

[1704~1718]江戸時代中期の大名。 毛利綱元 の四男。正徳3年長門府中藩主毛利家5代となる。享保3年15歳で死去し跡継ぎがなかったため、府中藩は一時断絶となった。通称は右京。 泉岳寺(東京都港区高輪2-11-1)に埋葬されています。 高野山(和...

毛利綱元(もうり つなもと)

[1651~1709]江戸時代前期の大名。毛利光広の長男。承応2年長門府中藩主毛利家3代となる。このとき叔父毛利元知に1万石を分与(清末藩)。在任56年間に藩体制を確立した。和歌をこのみ、日野弘資にまなんでいる。 覚苑寺(山口県下関市長府安養寺3-3-8)に埋葬されて...

毛利秀元(もうり ひでもと)

[1579~1650]江戸時代前期の大名。毛利元清の子。備中猿掛城で出生。毛利輝元の養子となり、朝鮮出兵に名代として出陣した。のち輝元に実子秀就が生まれたため分家。関ケ原の戦い後、宗家より3万6000石を分与されて長門府中藩主毛利家初代となる。古田織部門の茶人としても著名...

阿部正桓(あべ まさたけ)

阿部正桓の墓(2018年) [1852~1914]幕末から大正時代の大名、華族。安芸広島藩主浅野長訓の甥。阿部正方の養子となり、慶応4年備後福山藩主阿部家10代となる。箱館警衛を命じられ、五稜郭の戦いに出兵し功をたてた。のち伯爵。 谷中霊園(東京都台東区谷中7-5-2...

阿部正教(あべ まさのり)

阿部正教の墓(2017年) [1840~1861]幕末の大名。 阿部正寧 の長男。父の跡をついだ叔父阿部正弘の養子となり、安政4年備後福山藩主阿部家8代となる。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-5-24)に埋葬されています。 (墓正面「恭德院殿温誉覚了法性...

阿部正弘(あべ まさひろ)

阿部正弘の墓(2015年) [1819~1857]江戸時代後期の大名。 阿部正精 の子。兄 正寧 の養子となり、天保7年備後福山藩主阿部家7代となる。奏者番、寺社奉行をへて、弘化2年老中首座にすすむ。ペリーの開国要求などの難局に、 徳川斉昭 、島津斉彬らと協調して対処。日...

阿部正寧(あべ まさやす)

阿部正寧の墓(2017年) [1809~1870]江戸時代後期の大名。 阿部正精 の三男。父の跡をつぎ、文政9年備後福山藩主阿部家6代となる。奏者番をつとめたが、病弱のため天保7年隠居し、不争斎と号した。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-5-24)に埋葬され...

阿部正精(あべ まさきよ)

阿部正精の墓(2017年) [1775~1826]江戸時代後期の大名。 阿部正倫 の三男。父の跡をつぎ、享和3年備後福山藩主阿部家5代となる。奏者番、寺社奉行をへて、文化14年老中にすすむ。藩財政の再建につとめ、義倉を設立して凶作に対処。文教も奨励し、菅茶山に「福山志料」...

阿部正倫(あべ まさとも)

阿部正倫の墓(2017年) [1745~1805]江戸時代中期から後期の大名。 阿部正右 の三男。兄ふたりが早世し、父の跡をつぎ、明和6年備後福山藩主阿部家4代となる。奏者番、寺社奉行となり、出費増による苛政で天明7年の大一揆を誘発。同年老中にすすむがまもなく辞任し、藩政...

阿部正右(あべ まさすけ)

阿部正右の墓(2017年) [1725~1769]江戸時代中期の大名。 阿部正福 の次男。父の跡をつぎ、寛延元年備後福山藩主阿部家3代となる。奏者番、寺社奉行、京都所司代をへて、明和2年老中にすすむ。要職歴任による出費で藩財政は悪化した。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都...

阿部正福(あべ まさよし)

阿部正福の墓(2017年) [1700~1769]江戸時代中期の大名。 阿部正邦 の四男。父の跡をつぎ、正徳5年備後福山藩主阿部家2代となる。弟正容に5000石を分与。朝鮮通信使接待役、大坂城代などをつとめ、寛延元年隠居。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-5...

阿部正邦(あべ まさくに)

阿部正邦の墓(2017年) [1658~1715]江戸時代前期から中期の大名。阿部定高の子。父の遺領を叔父 阿部正春 から返還され、寛文11年武蔵岩槻藩藩主阿部家5代となる。のち丹後宮津藩主、下野宇都宮藩主をへて、宝永7年備後福山藩主阿部家初代。 谷中霊園内寛永寺墓地...

池田政保(いけだ まさやす)

池田政保の墓(2015年) [1865~1939]幕末から昭和時代前期の大名、華族。池田章政の長男。慶応4年備中岡山新田(鴨方)藩主池田家10代となる。子爵。 谷中霊園(東京都台東区谷中7-5-24)に埋葬されています。 (乙10号6側)(墓正面「従二位池田政保之墓...

板倉勝静(いたくら かつきよ)

板倉勝静の墓(2017年) [1823~1889]幕末の大名。伊勢桑名藩主 松平定永 の八男。板倉勝職の養子。嘉永2年備中松山藩主板倉家7代となる。安政の大獄で 井伊直弼 に反対して寺社奉行を罷免される。文久元年復職、2年老中。慶応元年老中に再任、将軍 徳川慶喜 を補佐し...

安藤重博(あんどう しげひろ)

安藤重博の墓(2018年) [1640~1698]江戸時代前期の大名。明暦3年祖父安藤重長の跡をつぎ、上野高崎藩主安藤家3代となり、領地の一部を叔父安藤重好・重常に分与。奏者番をつとめ、元禄8年加増転封、備中松山藩主安藤家初代となる。 法明寺東墓地(豊島区南池袋3-1...

松平武聡(まつだいら たけあきら)

松平武聡の墓(2019年) [1842~1882]幕末から明治時代の大名。常陸水戸藩主 徳川斉昭 の十男。 松平武成 の養子となり、弘化4年6歳で石見浜田藩主松平(越智)家4代。第2次幕長戦争の際、浜田城をうしない美作の領地にうつり、慶応3年鶴田藩主となる。 善性寺(...

松平武成(まつだいら たけしげ)

松平武成の墓(2019年) [1825~1847]江戸時代後期の大名。美濃高須藩主松平義建の三男。天保13年松平武揚の急養子となり、石見浜田藩主松平(越智)家3代。 善性寺(東京都荒川区東日暮里5-41-14)に埋葬されています。 (墓正面「松平家諸霊之墓」) ...

松平斉厚(まつだいら なりあつ)

松平斉厚の墓(2019年) [1783~1839]江戸時代後期の大名。 松平武寛 の長男。天明4年2歳で上野館林藩主松平(越智)家5代となる。奏者番、寺社奉行をつとめる。将軍 徳川家斉 の十九男 徳之助 を養嗣子としたが早世。天保7年転封されて石見浜田藩主松平(越智)家初...

松平康乂(まつだいら やすはる)

松平康乂の墓(2018年) [1786~1805]江戸時代後期の大名。 松平康哉 の次男。寛政6年美作津山藩主松平(越前)家6代となる。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-5-24)に埋葬されています。 (墓正面「松平家先祖代々之霊位」) ウィキペディ...

松平康哉(まつだいら やすちか)

松平康哉の墓(2018年) [1752~1794]江戸時代中期-後期の大名。 松平長孝 の長男。宝暦12年美作津山藩主松平(越前)家5代となる。藩政改革をすすめ、津山藩中興の英主といわれる。明和2年学問所を創設。初名は康致。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-...

松平長孝(まつだいら ながたか)

松平長孝の墓(2018年) [1725~1762]江戸時代中期の大名。出雲広瀬藩主松平近朝の三男。 松平長煕 の養子となり、享保20年美作津山藩主松平(越前)家4代。通称は庄次郎。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-5-24)に埋葬されています。 (墓正面「...

松平長煕(まつだいら ながひろ)

松平長煕の墓(2018年) [1720~1735]江戸時代中期の大名。陸奥白河新田藩藩主松平知清の三男。美作津山藩主松平(越前)家3代。 松平浅五郎 が跡継ぎがなく死去したため、享保11年石高を5万石に半減されて7歳の長煕が跡をつぐ。同年山中一揆がおきた。 谷中霊園内...

松平浅五郎(まつだいら あさごろう)

松平浅五郎の墓(2018年) [1716~1726]江戸時代中期の大名。松平宣富の長男。享保6年6歳で美作津山藩主松平(越前)家2代となる。 谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-5-24)に埋葬されています。 (墓正面「松平家先祖代々之霊位」) ウィキペ...

森忠政(もり ただまさ)

[1570~1634]織豊から江戸時代前期の武将、大名。 森可成 の六男。兄長可の戦死で、美濃金山の遺領をつぐ。 豊臣秀吉 の没後は 徳川家康 について信濃川中島4郡をあたえられ、慶長8年美作津山藩主森家初代となる。幼名は千丸。 三玄院(京都府京都市北区紫野大徳寺町7...

松平近栄(まつだいら ちかよし)

松平近栄の墓(2016年) [1632~1717]江戸時代前期の大名。出雲松江藩主松平直政の次男。兄綱隆から3万石を分与され、寛文6年出雲広瀬藩主松平(越前)家初代。天和2年越後騒動の際の取り扱いをとがめられて所領を半減されたが、元禄7年もとに復した。 祥雲寺(東京都...

松平定安(まつだいら さだやす)

松平定安の墓(2016年) [1835~1882]幕末から明治時代の大名。美作津山藩主松平斉孝の7男。松平斉貴の養子となり、嘉永6年出雲松江藩主松平(越前)家10代。文武を奨励、洋式軍艦を購入。親幕から勤王に転じ、戊辰戦争では奥州に出兵した。明治5年義弟の直応に家督をゆず...

松平治郷(まつだいら はるさと)

[1751~1818]江戸時代中期から後期の大名、茶人。松平宗衍の次男。明和4年出雲松江藩主松平(越前)家7代となる。家老朝日丹波を中心に藩財政の立て直しをすすめた(御立派の改革)。藩校を明教館と改称。茶を3代伊佐幸琢にまなび、石州流不昧派の祖となる。名器収集でも世に知ら...