解説
[1861~1935]明治時代の政治家。文久元年11月28日生まれ。矢野竜渓の弟。大隈重信の勧めで小栗忠順の家をつぐ。明治4年ヨーロッパに留学。帰国後、日本最初の産児制限論といわれる「社会政策改良実論」をあらわした。郵便報知新聞の経営にかかわったのち、31年衆議院議員(中立倶楽部)。昭和10年3月16日死去。75歳。江戸出身。旧姓は矢野。お墓
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場所:雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋4-25-1)(1種4B号5側) 墓正面:小栗家累代之墓 撮影:2024年 |
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