本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)

2015/09/18

2023年 千葉県

解説

[1558~1637]織豊から江戸時代前期の芸術家。永禄元年生まれ。本阿弥光二の長男。母は本阿弥妙秀。刀剣の鑑定・研磨の家職のほかに、書画、蒔絵、陶芸などにすぐれ、茶道、築庭にも長じた。とくに書は光悦流をおこし近衛信尹、松花堂昭乗とともに寛永の三筆にかぞえられる。その書を版下にして角倉素庵の協力によって刊行した嵯峨本は有名。晩年徳川家康からあたえられた洛北鷹峯に芸術村をつくった。寛永14年2月3日死去。80歳。京都出身。号は自得斎、徳友斎、太虚庵。作品に楽茶碗「不二山」「雨雲」、蒔絵「舟橋蒔絵硯箱」、墨跡「立正安国論」など。

お墓

場所:光悦寺(京都府京都市北区鷹峯光悦町29)
場所:法華経寺(千葉県市川市中山2-10-1)
撮影:2023年

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