蘆名盛重(あしな もりしげ)

2018/03/23

2020年 秋田県 武将

解説

[1575~1631]織豊から江戸時代前期の武将。佐竹義重の次男。結城義親(白川義親)の養子となったが、天正15年後継者のない蘆名氏にむかえられ、陸奥会津黒川城主となる。17年伊達政宗と磐梯山の摺上原でたたかい、敗れて生家佐竹氏のもとにのがれ、のち秋田にうつった。初名は義広。

お墓

場所:天寧寺(秋田県仙北市角館町上新町10)
撮影:2020年

メモ

同墓域には、蘆名氏21代当主・蘆名盛俊の墓と、22代当主・蘆名千鶴丸の墓もあります。盛俊は20歳で死去したため、千鶴丸が1歳で家督を継ぎました。しかし、千鶴丸も3歳で事故死したため、蘆名氏は断絶しました。

蘆名盛俊の墓
撮影:2020年
蘆名千鶴丸の墓
撮影:2020年

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東京都在住の40代男性です。2005年から墓マイラーを始めました。

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