伊達輝宗(だて てるむね)

伊達輝宗の墓(2009年) [1544~1585]戦国から織豊時代の武将。伊達晴宗の次男。永禄8年家督をついで出羽米沢城城主となる。天正12年家督を長男の 政宗 にゆずって隠退。翌13年二本松義継に捕らえられ、救出にむかった伊達勢の銃撃で、義継とともに最期をとげた。幼名は...

筒井順慶(つつい じゅんけい)

[1549~1584]戦国から織豊時代の武将。筒井順昭の子。永禄2年 松永久秀 に大和筒井城を追われ、久秀と攻防をくりかえす。9年得度して陽舜房順慶と称する。久秀の没落後は 織田信長 にしたがい、天正4年大和一国をあずけられる。10年の山崎の戦いでは 羽柴(豊臣)秀吉 に...

蘆名盛隆(あしな もりたか)

蘆名盛隆の墓(2017年) [1561~1584]織豊時代の武将。二階堂盛義の子。 蘆名盛興 の未亡人を妻として蘆名家をつぎ、陸奥会津黒川城主となる。天正9年 織田信長 に馬をおくり、三浦介に任じられる。12年家臣の大庭三左衛門に黒川城内で殺された。通称は平四郎。 蘆...

お市の方(おいちのかた)

お市の方の墓(2009年) [1547~1583]戦国から織豊時代の女性。 織田信長 の妹。信長の命で、永禄10年近江小谷城主 浅井長政 にとつぐ。3女( 淀殿 、 京極高次 の妻常高院、 徳川秀忠 の妻 崇源院 )と2男を生む。浅井氏がほろんだのち再婚した 柴田勝家 と...

柴田勝家(しばた かついえ)

柴田勝家の墓(2009年) [1522~1583]戦国から織豊時代の武将。はじめ織田信行、ついで 信長 につかえて戦功をたて、越前北庄城主となる。本能寺の変後、信長の後嗣をめぐり 羽柴(豊臣)秀吉 と対立、賤ケ岳の戦いに敗れ、妻 お市の方 (信長の妹)とともに自刃。通称は...

足利氏姫(あしかがうじ の ひめ)

足利氏姫の墓(2011年) [1574~1620]織豊から江戸時代前期、 足利義氏 の娘。古河公方であった父を幼くしてなくす。天正19年 豊臣秀吉 の命で小弓御所の喜連川(足利)国朝と結婚、戦国時代から対立してきた嫡流・庶流の両足利氏を統合する役割をはたした。 徳源院...

足利義氏(あしかが よしうじ)

足利義氏の墓(2011年) [1541~1583]戦国から織豊時代の武将。足利晴氏の子。母は北条氏綱の娘芳春院。 足利氏姫 の父。伯父北条氏康の庇護のもと、天文21年家督をつぎ、5代古河公方となる。男子がなく没したため、最後の古河公方。 徳源院跡(古河総合公園)(茨城...

森蘭丸(もり らんまる)

森蘭丸の墓(2014年) (中央) [1565~1582]織豊時代の武将。森可成の三男。美濃金山出身。 織田信長 につかえ、小姓として近侍。武田氏滅亡後は美濃岩村城5万石を領した。天正10年6月本能寺の変で弟の坊丸、力丸とともに奮戦、 明智光秀 の臣安田国継に討ちとられ...

武田勝頼(たけだ かつより)

[1546~1582]戦国から織豊時代の武将。 武田信玄 の四男。元亀4年父の死により家督を相続。織田・徳川氏とたたかい、天正3年長篠の戦いで大敗した。6年 上杉景勝 と同盟をむすんだため北条氏とも対立。織田軍に攻められ、天正10年甲斐天目山麓で一族とともに自害した。幼名...

織田信長(おだ のぶなが)

織田信長の墓(2014年) (右側) [1534~1582]戦国から織豊時代の武将。織田信秀の子。永禄3年桶狭間の戦いで 今川義元 を破る。 徳川家康 と同盟し、10年美濃を征服して岐阜を拠点とする。11年足利義昭を擁立して京都にはいるが、のち対立。天正元年義昭を追放し...

織田信忠(おだ のぶただ)

織田信忠の墓(2014年) (左側) [1557~1582]織豊時代の武将。 織田信長 の長男。天正4年信長が安土城にうつると、美濃岐阜城主となる。10年武田攻めの先鋒大将として 勝頼 を討ち、快川紹喜ら寺僧のこもる恵林寺を焼き打ちした。本能寺の変に際し二条御所で 明智...

細川ガラシャ(ほそかわ ガラシャ)

細川ガラシャの墓(2016年) [1563~1600]織豊時代のキリシタン。 明智光秀 の娘。細川忠興の妻。本能寺の変後、夫により丹後味土野に幽閉される。 豊臣秀吉 にゆるされ復縁。高山右近らの影響で、天正15年受洗。関ケ原の戦いに際し、 石田三成 方の人質要求を拒否し、...

明智光秀(あけち みつひで)

[1528~1582]戦国から織豊時代の武将。 細川ガラシャ の父。故実、典礼に通じた教養ゆたかな武将で、はじめ朝倉義景につかえ、のち 織田信長 の家臣となって足利義昭の上洛に尽力。義昭や寺社、公家との交渉役をつとめる。元亀2年近江坂本城主となり、惟任日向守と称した。丹波...

蘆名盛氏(あしな もりうじ)

蘆名盛氏の墓(2017年) [1521~1580]戦国から織豊時代の武将。蘆名盛舜の子。天文22年父の跡をつぎ、陸奥会津黒川城主となる。南会津を服属させ、さらに安積・安達郡なども手中にし、蘆名氏の全盛期をきずいた。初名は盛治。通称は平四(三)郎。号は止々斎。 蘆名家花...

上杉憲政(うえすぎ のりまさ)

上杉憲政の墓(2009年) [1523~1579]戦国から織豊時代の武将。上杉憲房の子。北条氏康に敗れ、天文21年居城の上野平井城から越後の長尾景虎( 上杉謙信 )のもとにのがれる。景虎を養子とし、永禄4年関東管領をゆずり、山内上杉家最後の関東管領となった。謙信の死後、謙...

山中幸盛(やまなか ゆきもり)

[?~1578]戦国から織豊時代の武将。尼子勝久をたてて主家再興をはかる。一時は出雲の大半を奪回するが、毛利氏の反撃にあい敗退。のち 羽柴秀吉 の中国攻めにくわわり、播磨上月城をまもるが、ふたたび敗れて捕らえられ、天正6年護送中に殺された。尼子十勇士の首領として後世人気をあつめ...

仙洞院(せんとういん)

仙洞院の墓(2009年) [?~1609]戦国から江戸時代前期、長尾政景の正室。 長尾為景 の娘。 上杉謙信 の姉。天文20年結婚して2男2女を生む。永禄7年夫と死別し仙桃院と号した。実子 景勝 を謙信の養子とした。 林泉寺(山形県米沢市林泉寺1-2-3)に埋葬されて...

上杉謙信(うえすぎ けんしん)

上杉謙信の墓(2009年) [1530~1578]戦国から織豊時代の武将。 長尾為景 の子。天文17年兄長尾晴景の跡をつぎ越後守護代、春日山城主。守護上杉定実の死後同国を支配。のち越中・加賀・能登までを勢力範囲とする。信濃、関東で 武田信玄 や北条氏康とあらそう。信玄との...