解説
[1835~1909]幕末から明治時代の武士、官吏。天保6年生まれ。荒井顕道の長男。幕臣。長崎海軍伝習所で航海術をおさめ、順動艦長、講武所取締役などを歴任。慶応4年榎本武揚の軍に参加、蝦夷仮政府の海軍奉行となる。翌年新政府軍に降伏し入獄。釈放後は開拓使につとめ、のち内務省測量局長、初代中央気象台長。明治42年7月19日死去。75歳。江戸出身。名は顕徳。お墓
場所:祥雲寺(東京都渋谷区広尾5−1−21) 墓正面:荒井郁之助墓 撮影:2018年 |
場所:多磨霊園(東京都府中市多磨町4-628)(11区1種14側) 墓正面:荒井郁之助墓 撮影:2020年 |
肖像
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 |