解説
[1576~1648]織豊から江戸時代前期の大名。天正4年生まれ。大河内秀綱の次男。松平正次の養子となる。徳川家康の近習出頭人をつとめ、寛永2年相模(神奈川県)玉縄藩主大河内(松平)家初代。2万2000石。日光東照宮の造営につくし、日光杉並木を寄進。慶安元年6月22日死去。73歳。初名は正久。通称は長四郎、右衛門大夫。お墓
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場所:平林寺(埼玉県新座市野火止3-1-1) |
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場所:釈迦堂(栃木県日光市本町1) 墓正面:高林院殿俊庵宗徳居士 撮影:2019年 |
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