解説
[1830~1903]幕末から明治時代の武士、神職。文政13年閏3月24日生まれ。陸奥会津藩(福島県)家老。文久2年藩主松平容保の京都守護職就任に反対して解職。戊辰戦争のさなか家老に復帰し恭順をとなえたが、白河口で新政府軍とたたかい、ついで箱館の榎本武揚軍にくわわる。維新後は日光東照宮などの神職をつとめた。明治36年4月28日死去。74歳。本姓は保科。名は近悳。お墓
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場所:善龍寺(福島県会津若松市北青木13-33) 墓正面:保科八握髯翁墓 撮影:2017年 |
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墓マイラーが行く。
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