解説
[1869~1931]明治から昭和時代前期の美学者。明治元年12月20日生まれ。妻は大塚楠緒子。明治29年ヨーロッパに留学、帰国後、東京帝大美学講座の初代日本人教授となる。文展創設を進言し、美術審査員としても活躍。学士院会員。遺稿に「大塚博士講義集」がある。昭和6年3月2日死去。64歳。上野(群馬県)出身。帝国大学卒。旧姓は小屋。お墓
![]() |
場所:雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋4-25-1)(1種1号11側) 墓正面:大塚家之墓 撮影:2025年 |
古今東西、紀元前から平成まで日本全国「3,100人以上」の有名人のお墓を紹介しています。
墓マイラーが行く。
0 件のコメント:
コメントを投稿