解説
[1861~1944]明治から昭和時代前期の土木工学者。文久元年11月1日生まれ。京都府御用掛となり、琵琶湖疏水の設計と工事を担当。工事途中で蹴上に日本初の水力発電所を併設、明治23年完成。帝国大学教授をへて京都帝大教授。京都市の3大事業(琵琶湖第2疏水、水道、市電設置)に参画。昭和19年9月5日死去。84歳。江戸出身。工部大学校(現東大)卒。編著に「明治工業史」。お墓
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場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種ロ8号16側) 墓正面:田邉家之墓 撮影:2024年 |
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