解説
[1837~1906]江戸後期から明治時代の浄瑠璃太夫。天保8年4月4日生まれ。義太夫節。3代竹本長門太夫の弟子で、明治4年文楽座にはいる。27年彦六座が再興され稲荷座となった際、その櫓下となった。堀江の大師匠といわれ、「大晏寺堤」「橋本」などを得意とした。明治39年10月30日死去。70歳。大坂出身。日記に「竹本弥太夫日記」。お墓
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| 場所:一心寺(大阪府大阪市天王寺区逢阪2-8-69) 墓正面:五代目竹本彌太夫之墓 撮影:2025年 |
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