解説
[1768~1836]江戸時代中期から後期の大名。明和5年5月8日生まれ。青山忠高の3男。兄忠講の跡をつぎ、天明5年丹波篠山藩(兵庫県)藩主青山家4代となる。寺社奉行、若年寄、大坂城代、京都所司代を歴任し、享和4年老中。尊号一件、相馬大作事件の処理にあたった。天保7年3月20日死去。69歳。お墓
場所:東海寺(東京都品川区北品川3-11-9) 墓正面:見龍院殿従四位下侍従前野州大守雲岫宗興大居士 撮影:2021年 |
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