解説
[1657~1738]江戸時代前期から中期の大名。明暦3年生まれ。大久保忠朝の次男。小姓組番頭、書院番頭、側用人をつとめる。宝永3年西丸若年寄就任に際し、5000石を加増されて駿河(静岡県)松長藩主大久保家初代となる。1万6000石。元文2年12月17日死去。81歳。幼名は唐之助。お墓
| 場所:最勝寺教学院(東京都世田谷区太子堂4-15-1) 墓正面:虎山院殿武林崇勇大居士 撮影:2021年 |
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