解説
[1811~1864]江戸時代後期の武士、思想家。文化8年2月28日生まれ。妻は勝海舟の妹。信濃(長野県)松代藩士。江戸で佐藤一斎にまなび、神田で塾をひらく。天保13年老中真田幸貫に「海防八策」を提出。江川英竜に西洋砲術をまなび、勝海舟らにおしえた。嘉永7年吉田松陰の密航事件に連座。のち公武合体、開国を説き、元治元年7月11日京都で尊攘派に暗殺された。54歳。名は啓、大星。字は子明。通称は修理。号は「ぞうざん」ともよむ。著作に「省諐録」など。お墓
場所:大法院(京都府京都市右京区花園大藪町20) |
場所:蓮乗寺(長野県長野市松代町松代1142) 墓正面:象山佐久間先生墓 撮影:2018年 |
肖像
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 |