解説
記・紀にみえる景行天皇の皇子。仲哀天皇の父。九州の熊襲の首長を攻めほろぼしたとき、熊襲から日本武尊の尊称をえる。のち伊勢(三重県)にいた叔母の倭姫命から草薙剣をさずかって東国の蝦夷を平定、帰途伊勢の能褒野で病死したとされる。「日本書紀」によれば、このとき30歳。名は小碓尊。別名に日本童男。「古事記」には倭建命とあり、名は小碓命。別名に倭男具那命。お墓
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場所:能褒野墓(三重県亀山市田村町) |
場所:白鳥陵(大阪府羽曳野市軽里3) 撮影:2016年 |
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