解説
[1532~1618]戦国から江戸時代前期の地域開発者。天文元年生まれ。文禄3年代官頭の伊奈忠次のもとで隅田川に最初に架橋(現在の千住大橋の始め)。慶長3年武蔵足立郡千住町にうつり、宿場(掃部宿)をひらく。元和3年荒川に堤防(掃部堤)をきずき、掃部新田を開発。元和4年死去。87歳。下総石出(千葉県)出身。名は吉胤。お墓
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場所:源長寺(東京都足立区千住仲町4-1) 撮影:2023年 |
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