解説
[1334~1398]南北朝時代、北朝第3代天皇。在位1348-51。建武元年4月22日生まれ。光厳天皇の第1皇子。母は藤原秀子(陽禄門院)。光明天皇のあと即位。室町幕府内で足利尊氏・直義兄弟があらそい、尊氏が南朝にくみして北朝の天皇、皇太子を廃した(正平一統)ため、在位3年で廃位され太上天皇の尊号をうけた。光厳・光明両上皇とともに、一時南朝側に身柄をうつされたが、のち解放されて京都にもどる。明徳3年出家。応永5年1月13日死去。65歳。墓所は大光明寺陵(京都市伏見区)。諱は益仁、興仁。法名は勝円心。別名に伏見殿。日記に「崇光院御記」。お墓
場所:大光明寺陵(京都府京都市伏見区桃山町秦長老) 撮影:2014年 |