解説
[1835~1867]幕末の武士。天保6年生まれ。常陸(茨城県)志筑藩士鈴木忠明の長男。江戸に出、旗本伊東精一に北辰一刀流をまなび、その家督をつぐ。元治元年新選組にはいり参謀となったが、長州攻めをめぐって土方歳三らと対立して脱隊。大久保利通ら薩長の藩士に親近し、慶応3年11月18日近藤勇に謀殺された。33歳。名は武明。変名は宇田兵衛。通称は「かしたろう」ともよむ。お墓
場所:戒光寺(京都府京都市東山区泉涌寺山内町29) 墓正面:誠斎伊東甲子太郎藤原武明 撮影:2008年 |
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