解説
[1865~1917]明治から大正時代の史論家、評論家。元治元年12月26日生まれ。幕臣の子。クリスチャン。「国民之友」などに史論を発表、北村透谷と文学論争をする。明治32年「信濃毎日新聞」主筆となり、36年「独立評論」を創刊。38年斯波貞吉らと国家社会党を結成、社会運動にもかかわった。大正6年3月15日死去。54歳。本名は弥吉。著作に「社会主義管見」「現代金権史」など。お墓
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| 場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種イ12号7側) 墓正面:愛山山路彌吉墓 撮影:2025年 |
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