解説
[1845~1908]明治時代の司法官。弘化2年5月7日生まれ。もと日向(宮崎県)高鍋藩士。司法省にはいり、明治15年伊藤博文に随行してヨーロッパの裁判制度を調査、19年司法次官。23年大審院検事総長となり、翌年大津事件を担当。26年大審院長。のち貴族院議員、東京弁護士会会長。明治41年8月18日死去。64歳。本姓は田村。お墓
場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種イ1号41側) 墓正面: 従二位三好退蔵之墓 撮影:2024年 |
肖像
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 |
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