解説
[1855~1917]明治から大正時代の数学者、教育行政家。安政2年1月29日生まれ。美作(岡山県)津山藩士箕作秋坪の次男。菊池正士の父。菊池家をつぐ。2度イギリスに留学し、数学、物理学をまなぶ。明治10年東京大学開校の際、理学部教授となり、近代数学の移入と数学教育法の確立につくす。のち東京帝大・京都帝大総長、文相、帝国学士院長、理化学研究所初代所長。大正6年8月19日死去。63歳。著作に「初等幾何学教科書」など。お墓
場所:谷中霊園(東京都台東区谷中7-5-24)(乙5号2側) 墓正面:菊池家累卋之墓 撮影:2024年 |
肖像
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 |
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