解説
[1838~1922]明治から大正時代の書家。天保9年8月18日生まれ。もと近江(滋賀県)彦根藩士。明治2年太政官大書記官となり、12年辞任。13年清(中国)の楊守敬が来日すると巌谷一六らとともに漢魏六朝の書法をまなび、六朝書道とよばれる新書風をうちたてた。大正11年1月27日死去。85歳。作品に「大久保公神道碑」。本姓は田中。名は東作。字は子暘。お墓
| 場所:豪徳寺(東京都世田谷区豪徳寺2-24-7) 墓正面:日下部東作之墓 撮影:2021年 |
歴史上のあの人物は、今どこに眠っているのでしょうか。全国3,700人以上の歴史人物・著名人の墓所を、現地調査と文献調査をもとに紹介しています。武将、文豪、政治家、実業家、芸能人まで幅広く掲載。お墓参りや歴史散歩、聖地巡礼に役立つ、日本最大級の歴史人物墓所データベースを目指しています。
墓マイラーが行く。