解説
[1829~1903]江戸後期から明治時代の武士。文政11年12月24日生まれ。寺師次右衛門の次男。市来政直の養子。薩摩鹿児島藩士。砲術の研究、反射炉の建造、武器の調達、貨幣の鋳造などを担当した。明治2年箱館戦争に宰領として出征。15年から旧藩主島津家の修史にあたる。明治36年2月21日死去。76歳。名は広貫。通称は別に正右衛門。お墓
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場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種イ5号11側) 墓正面:市来家累代之墓 撮影:2020年 |
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