解説
[1839~1873]幕末から明治時代の大名。天保10年5月13日生まれ。松平乗寛の4男。兄乗全の養子となり、文久2年三河(愛知県)西尾藩主松平(大給)家5代。奏者番、寺社奉行をつとめる。慶応4年鳥羽・伏見の戦いの10日後、藩士の総登城による議論のすえ勤王方につくことがきまった。明治6年6月3日死去。35歳。通称は源次郎。お墓
場所:多磨霊園(東京都府中市多磨町4-628)(6区2種26側) 墓正面:源泉院殿 撮影:2019年 |
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