松平忠和(まつだいら ただとも)

2021/06/05

2017年 大名 東京都

解説

[1759~1802]江戸時代後期の大名。宝暦9年8月27日生まれ。紀伊和歌山藩主徳川宗将の9男。兄松平忠功の養子となり、寛政5年伊勢(三重県)桑名藩主松平(奥平)家5代。藩政改革をすすめ、平井澹所らをまねいて学問の振興につとめた。松平定信と親交があった。享和2年4月22日死去。44歳。初名は頼徳。通称は唯之進。号に澹寧斎など。

お墓

場所:天眼寺(東京都台東区谷中1-2-14)
墓正面:松平家之墓 撮影:2017年

関連人物

参考サイト

🔍 人物検索

全国3,700人以上
歴史人物の墓所を検索できます。

🔍 人物を探す
👤 運営者プロフィール

アルカディア

2005年から歴史人物の墓所を巡り、現地調査と文献調査をもとに全国3,700人以上を紹介しています。

43都道府県掲載

詳しいプロフィールを見る
📰 最近の更新
読み込み中...

QooQ