松平忠功(まつだいら ただかつ)

2021/06/04

2017年 大名 東京都

解説

[1756~1830]江戸時代中期から後期の大名。宝暦6年5月21日生まれ。紀伊和歌山藩主徳川宗将の7男。松平忠啓の婿養子となり、天明7年伊勢(三重県)桑名藩主松平(奥平)家4代。藩政の改革を実施し、38歳で隠居。文政13年8月6日死去。75歳。初名は頼久。通称は職之丞。

お墓

場所:天眼寺(東京都台東区谷中1-2-14)
墓正面:松平家之墓 撮影:2017年

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