解説
[1883~1964]明治から昭和時代の彫刻家。明治16年3月1日生まれ。朝倉摂・響子の父。明治41年「闇」が文展に入選。文展、帝展の審査員、母校東京美術学校(現東京芸大)の教授をつとめる。帝室技芸員、芸術院会員。昭和23年文化勲章。朝倉彫塑塾を主宰。昭和39年4月18日死去。81歳。大分県出身。旧姓は渡辺。代表作に「墓守」など。お墓
| 場所:谷中霊園内天王寺墓地(東京都台東区谷中7-5-24) 墓正面:朝倉文夫夫妻之墓 撮影:2022年 |
歴史上のあの人物は、今どこに眠っているのでしょうか。全国3,700人以上の歴史人物・著名人の墓所を、現地調査と文献調査をもとに紹介しています。武将、文豪、政治家、実業家、芸能人まで幅広く掲載。お墓参りや歴史散歩、聖地巡礼に役立つ、日本最大級の歴史人物墓所データベースを目指しています。
墓マイラーが行く。