長岡半太郎(ながおか はんたろう)

2017/08/09

2025年 東京都 物理学者

解説

[1865~1950]明治から昭和時代の物理学者。慶応元年6月28日生まれ。明治29年母校帝国大学の教授となり、のち理化学研究所員をかね、長岡研究室を主宰した。36年土星型原子模型理論を発表。地球物理学、光学などおおくの分野で業績をのこした。昭和6年大阪帝大初代総長、のち学士院長。貴族院議員。12年第1回文化勲章。昭和25年12月11日死去。85歳。肥前大村(長崎県)出身。

お墓

場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種イ12号1側)
墓正面:長岡累代墓 撮影:2025年

メモ

一部資料で半太郎の墓として紹介される「長岡半太郎妻箕作氏之墓」は、箕作麟祥の三女である先妻ミサの墓石であり、半太郎自身は右側の納骨堂「長岡累代墓」に眠っています。墓域内には父・治三郎、母(先妣富永氏)、夭逝した三男・七男の墓石も並んでいます。

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