解説
[1662~1712]江戸幕府6代将軍。在職1709-12。寛文2年4月25日生まれ。徳川綱重の長男。母はお保良の方(長昌院)。甲斐(山梨県)府中藩主から叔父徳川綱吉の養子となり、宝永6年将軍職をつぐ。間部詮房、新井白石の補佐をうけ、生類憐みの令の廃止、正徳金銀の発行、朝鮮通信使節の待遇の簡素化などをすすめた(正徳の治)。正徳2年10月14日死去。51歳。幼名は虎松。初名は綱豊。法号は文昭院。お墓
場所:増上寺(東京都港区芝公園4-7-35) 増上寺→増上寺 改葬(昭和33年) 撮影:2018年 |