源義経(みなもと の よしつね)

2018/01/26

2012年 神奈川県 武将

解説

[1159~1189]平安後期から鎌倉時代の武将。平治元年生まれ。源義朝の9男。母は常盤御前。平治の乱での義朝の敗死後、捕らえられて京都の鞍馬寺にあずけられる。成長後同寺を脱出し、みずから元服して奥州平泉の藤原秀衡の庇護をうける。治承4年兄頼朝の挙兵にかけつけ、すぐれた戦略で平家追討に活躍した。後白河法皇の策謀で頼朝と対立。平泉にのがれたが、秀衡の死後文治5年閏4月30日藤原泰衡に急襲され、衣川館で自殺。31歳。悲劇の名将として伝説がおおい。幼名は牛若丸。通称は九郎判官。

お墓

場所:判官森(宮城県栗原市栗駒沼倉)
場所:白旗神社(神奈川県藤沢市藤沢2-4-7)
撮影:2012年

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