解説
[1870~1931]大正から昭和時代前期の政治家。明治3年4月1日生まれ。大蔵省から政界に転じ、大正2年立憲同志会に入党、4年衆議院議員(当選6回)。蔵相、内相をへて、昭和2年民政党の総裁となり、4年首相。緊縮政策と金解禁を断行したが、ロンドン海軍軍縮条約調印が、統帥権干犯として野党や軍部に攻撃された。5年11月14日東京駅で佐郷屋留雄に狙撃され、6年8月26日死去。62歳。土佐(高知県)出身。帝国大学卒。旧姓は水口。お墓
場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種ロ8号1側) 墓正面:濱口雄幸墓 撮影:2021年 |
肖像
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 |