解説
[1873~1907]明治時代の評論家。明治6年5月27日生まれ。キリスト教に入信。東京専門学校(現早大)で坪内逍遥、大西祝にまなぶ。「早稲田文学」の編集にたずさわり、文芸・美術評論を執筆。肺結核の進行とともに宗教的思索をふかめ、明治38年「予が見神の実験」を発表して反響をよんだ。明治40年9月14日死去。35歳。岡山県出身。本名は栄一郎。著作に「病間録」「回光録」など。お墓
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場所:雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋4-25-1)(1種1号2側) 墓正面:梁川綱島榮一郎之墓 撮影:2025年 |
肖像
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出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 |
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