解説
[1835~1883]明治時代の版画家。天保6年2月5日生まれ。狩野洞庭に師事し、幕府の軍艦操練所絵図認方となる。明治6年ウィーンに留学、地図製作法や銅・石版画の技術をまなぶ。帰国後大蔵省紙幣寮、内務省地理寮につとめた。明治16年2月4日死去。49歳。伊勢(三重県)出身。本姓は木下。号は洞翠。著作に「地理製図式」、作品に「鴨図」。お墓
| 場所:谷中霊園(東京都台東区谷中7-5-24)(乙1号7側) 墓正面:橋家累代之墓 撮影:2021年 |
歴史上のあの人物は、今どこに眠っているのでしょうか。全国3,700人以上の歴史人物・著名人の墓所を、現地調査と文献調査をもとに紹介しています。武将、文豪、政治家、実業家、芸能人まで幅広く掲載。お墓参りや歴史散歩、聖地巡礼に役立つ、日本最大級の歴史人物墓所データベースを目指しています。
墓マイラーが行く。