解説
[1880~1937]明治から昭和時代前期の俳人。明治13年9月30日生まれ。吉田絃二郎の妻。祖父の蹄雪庵伯志にかわいがられ、13歳で宗匠代をつとめたという。絃二郎著「夜や秋や日記」に「明志女句集」がある。昭和12年7月1日死去。58歳。東京出身。淑徳女学校卒。旧姓は前田。本名は明枝。お墓
場所:多磨霊園(東京都府中市多磨町4-628)(14区1種1側) 墓正面:吉田絃二郎 妻明枝 墓 撮影:2022年 |
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