解説
[1643~1698]江戸時代前期の大名。寛永20年9月15日生まれ。丹羽光重の長男。延宝7年陸奥二本松藩(福島県)藩主丹羽家2代となる。父の藩政整備をもとに、新田開発を推進した。元禄11年6月26日死去。56歳。お墓
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場所:大隣寺(福島県二本松市成田町1-532) |
お墓(改葬前)
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場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種ロ7号14側) 墓正面:丹羽家之墓 撮影:2020年 |
コラム
青山霊園で長く人々の目を引いてきた丹羽家の墓石。豪華な彫刻が施されたその墓は、丹羽長次のものと考えていました。しかし、東京名墓顕彰会の『掃苔 7(10)』(1938年)が明かすところによると、実はそうではありませんでした。
この壮麗な墓石は、二本松藩第6代藩主・丹羽高庸の次男、丹羽長恒のものだったのです。台石に刻まれた「寛政六年甲寅八月十有四日」の日付が、その証拠となっています。興味深いのは、藩主でもない次男に、なぜこれほどの立派な墓が建てられたのか。その理由は、現在に至るまで解明されていません。
墓石は元々泉岳寺にありましたが、その後青山霊園へ、そして2024年には福島県二本松市の大隣寺へと移されました。これにより、二本松藩主丹羽家の墓所は、ついに故郷の地で一つに集うことになったのです。
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