解説
[1571~1641]織豊から江戸時代前期の大名。元亀元年12月23日生まれ。諏訪頼忠の長男。関ケ原の戦いで徳川秀忠にしたがい、信濃(長野県)上田城攻めにくわわる。慶長6年上野(群馬県)総社より本領信濃諏訪に復帰、高島藩主諏訪家初代となる。2万7000石、のち3万2000石。寛永18年1月14日死去。72歳。通称は小太郎。お墓
場所:頼岳寺(長野県茅野市ちの1753) |
場所:温泉寺(長野県諏訪市湯の脇1-21-1) 撮影:2018年 |
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