豊臣秀頼(とよとみ ひでより)

2018/04/08

2018年 大名 和歌山県

解説

[1593~1615]織豊から江戸時代前期の大名。文禄2年8月3日生まれ。豊臣秀吉の次男。母は淀殿。文禄4年世嗣となる。関ケ原の戦いののち65万石余の一大名に転落。慶長8年内大臣となり徳川秀忠の娘千姫と結婚。10年右大臣。方広寺鐘銘事件をきっかけに徳川軍とたたかうが、大坂夏の陣に敗れ、慶長20年5月8日大坂城内で母とともに自害。23歳。幼名は拾。

お墓

場所:清涼寺(京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46)
場所:高野山奥の院(和歌山県高野町高野山550)
撮影:2018年

メモ

清凉寺の首塚には、昭和55年(1980年)の大坂城三ノ丸跡発掘調査で発見された頭蓋骨が埋葬されています。この頭蓋骨は、埋葬状況や骨の状態などから豊臣秀頼のものと推測されました。高野山奥の院の供養塔は、2018年訪問時には破損が目立つ状態でしたが、2024年に修復が行われたようです。

関連人物

参考サイト

検索はこちらから

最近の更新

読み込み中...

自己紹介

自分の写真
東京都在住の40代男性です。2005年から墓マイラーを始めました。

検索

QooQ