真田幸村(さなだ ゆきむら)

2019/08/03

2016年 大阪府 武将

解説

[1567~1615]織豊から江戸時代前期の武将。永禄10年生まれ。真田昌幸の次男。関ケ原の戦いに際しては西軍に属し、父とともに居城の信濃(長野県)上田城で徳川秀忠軍を阻止、敗戦後、紀伊九度山(和歌山県)に蟄居した。慶長19年大坂冬の陣では、大坂城外に出城真田丸をつくり、徳川方をくるしめたが、20年5月7日夏の陣で討ち死にした。49歳。幼名は源次郎。名は信繁。幸村名の確実な史料はない。

お墓

場所:不明
場所:心眼寺(大阪府大阪市天王寺区餌差町2-22)
墓正面:従五位下真田左衛門佐豊臣信繁之墓 撮影:2016年

メモ

大阪市の安居神社に終焉の地があります。幸村は大坂夏の陣で越前松平家の西尾宗次(甚左衛門)に討ち取られたとされます。西尾宗次は首を福井へ持ち帰り、福井市の孝顕寺に埋葬したと伝わりますが、現在は首塚の場所が分からなくなっています。なお、首塚にあった地蔵は子孫により福井市立郷土歴史博物館へ寄贈されました。

終焉の地
撮影:2016年
真田地蔵
撮影:2022年

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東京都在住の40代男性です。2005年から墓マイラーを始めました。

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