解説
[1887~1945]明治から昭和時代前期の軍人。明治20年2月21日生まれ。陸軍省人事局長、陸軍次官などを歴任。昭和18年陸軍大将となり、20年鈴木貫太郎内閣の陸相に就任。本土決戦をとなえ、ポツダム宣言の条件つき受諾を主張。昭和20年8月15日割腹自殺した。59歳。東京出身。陸軍大学校卒。お墓
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| 場所:多磨霊園(東京都府中市多磨町4-628)(13区1種25側) 墓正面:阿南惟幾之墓 撮影:2020年 |
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