解説
[1793~1855]江戸時代後期の武士。寛政5年8月生まれ。遠山景晋の子。作事奉行、勘定奉行をへて天保11年江戸北町奉行。老中水野忠邦や南町奉行鳥居耀蔵と対立し大目付に転じるが、ふたりの失脚後南町奉行に就任。桜の入れ墨のある名奉行(遠山の金さん)として講談、テレビ、芝居などでとりあげられた。安政2年2月29日死去。63歳。通称は金四郎、左衛門尉。お墓
場所:本妙寺(東京都豊島区巣鴨5−35-6) 撮影:2024年 |
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