解説
[1859~1930]明治から大正時代の軍人。安政6年1月7日生まれ。秋山真之の兄。陸軍乗馬学校長、清国駐屯軍守備隊司令官、近衛師団長、朝鮮駐箚軍司令官、教育総監などを歴任。大正5年大将。騎兵を育成して戦術・訓練を研究し、日清・日露戦争で名をあげた。昭和5年11月4日死去。72歳。伊予(愛媛県)出身。陸軍大学校卒。通称は信三郎。お墓
場所:青山霊園(東京都港区南青山2-32-2)(1種イ19号2側) 墓正面:秋山家之墓 撮影:2020年 |
場所:鷺谷墓地(愛媛県松山市道後鷺谷町) 墓正面:秋山好古墓 撮影:2014年 |
肖像
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出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 |
関連人物
弟コラム
日露戦争の英雄として名を残す秋山好古と真之。この兄弟の最期の眠りの場所には、興味深い歴史が刻まれています。
青山霊園に建つ「秋山家之墓」。その墓石には「昭和六十二年六月建之」の文字が刻まれ、1987年の建立であることを物語っています。実は同じ年、弟・真之の墓が青山霊園から鎌倉霊園へと移されました。
当初、真之の墓は個人墓であったことが確認されており、兄・好古の墓も同様だったと考えられます。しかし、弟の改葬を機に、好古の墓は「秋山家之墓」として新たに建て直されたようです。
墓誌には「秋山貞子(母)、保子(五女)、則久(兄)、好古、信好(長男)、多美(妻)」など、家族の名が連なります。ただし、父・久敬の名はここにはありません。父の墓は、はるか故郷・愛媛県松山市の鷺谷墓地に別途建立されています。
興味深いことに、父の墓には「室 山口氏」の名も刻まれており、母・貞子の本墓が鷺谷墓地なのか、それとも青山霊園なのか、その謎は今も残されたままです。
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