成島柳北(なるしま りゅうほく)

2017/09/04

2018年 儒者 新聞人 東京都

解説

[1837~1884]幕末から明治時代の儒者、新聞人。天保8年2月16日生まれ。成島筑山の3男。幕臣。奥儒者。のち騎兵頭、外国奉行、会計副総裁。維新後は朝野新聞社長として新時代を風刺、批判し政府の言論弾圧とたたかった。明治17年11月30日死去。48歳。江戸出身。名は惟弘。字は保民。通称は甲子太郎。別号に確堂、何有仙史。著作に「柳橋新誌」「航西日乗」など。

お墓

場所:雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋4-25-1)(1種4A号6側)
墓正面:柳北先生墓 撮影:2018年

肖像

出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」

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東京都在住の40代男性です。2005年から墓マイラーを始めました。

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