淀殿(よどどの)

2018/04/04

2018年 2025年 大阪府 和歌山県

解説

[1567~1615]織豊から江戸時代前期、豊臣秀吉の側室。永禄10年生まれ。浅井長政の長女。母は小谷(お市)の方。浅井氏滅亡後、柴田勝家に再嫁した母にしたがい越前(福井県)北庄城にはいる。柴田氏の滅亡後は豊臣秀吉にひきとられ、側室となる。秀頼を生み権勢をふるい、秀吉の死後大坂城にうつる。大坂の陣で敗れ、慶長20年5月8日秀頼とともに自刃。49歳。近江(滋賀県)出身。名は茶々。通称は別に二の丸殿、西の丸殿。淀君は後世の呼称。

お墓

場所:太融寺(大阪府大阪市北区太融寺町3-7)
撮影:2025年
場所:高野山奥の院(和歌山県高野町高野山550)
撮影:2018年

メモ

太融寺のお墓は、弁天島(現在の大阪ビジネスパーク)にあった淀姫神社の石塔を、明治10年に移転したものです。淀姫神社は淀殿を祀った神社とも言われていますが、実際の祭神は淀姫(豊玉姫)・市杵島姫・大宮姫であり、淀殿とは直接関係がないとする説もあります。なお、現在は六重塔となっていますが、当初は九重塔だったと伝わっています。

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