岡倉天心(おかくら てんしん)

2017/09/10

2020年 思想家 東京都

解説

[1863~1913]明治時代の美術指導者、思想家。文久2年12月26日生まれ。フェノロサとともに明治22年の東京美術学校(現東京芸大)の設立につとめ、23年校長。この間に美術専門誌「国華」を創刊。31年校長排斥運動(美校事件)で辞職。日本美術院を設立する。のちボストン美術館東洋部長。日本の伝統美術の振興と革新に指導的役割をはたし、東洋・日本美術を海外に紹介した。大正2年9月2日死去。52歳。神奈川県出身。東京大学卒。本名は覚三。著作に「東洋の理想」「日本の覚醒」「茶の本」など。

お墓

場所:染井霊園(東京都豊島区駒込5-5-1)(1種イ4号14側)
墓正面:釋天心 撮影:2020年

参考サイト

🔍 人物検索

全国3,700人以上
歴史人物の墓所を検索できます。

🔍 人物を探す
👤 運営者プロフィール

アルカディア

2005年から歴史人物の墓所を巡り、現地調査と文献調査をもとに全国3,700人以上を紹介しています。

43都道府県掲載

詳しいプロフィールを見る
📰 最近の更新
読み込み中...

QooQ