中浜万次郎(なかはま まんじろう)

2022/04/17

2025年 な 教育者 東京都 漂流民

解説

[1827~1898]江戸後期から明治時代の漂流民、教育者。文政10年1月1日生まれ。15歳のとき、土佐(高知県)宇佐港から出漁して遭難。アメリカの捕鯨船にすくわれ、同国でジョン=マンの名で教育をうける。嘉永4年帰国、6年幕臣となり、万延元年通訳として咸臨丸で再渡米。維新後は開成学校の英語教授。明治31年11月12日死去。72歳。著作に「漂客語録」「英米対話捷径」。

お墓

場所:雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋4-25-1)(1種15号19側)
墓正面:中濱萬次郎之墓 撮影:2025年

メモ

ジョン万次郎の墓は、もともと東京都台東区の仏心寺にありましたが、大正12年(1923年)に雑司ヶ谷霊園へ改葬されました。なお、高知県土佐清水市の大覚寺にも墓がありますが、こちらは漂流後に生死が分からなかった万次郎のため、母が建てた墓とされています。

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