解説
記・紀系譜による第21代天皇。在位は5世紀後半。父は允恭天皇。母は忍坂大中姫命。「日本書紀」によると、兄や従兄弟たちを殺して即位。都は泊瀬の朝倉宮。朝鮮半島の乱れに乗じ、百済や新羅、高麗への影響力強化を画策したとつたえる。「宋書」倭国伝の倭王の武とされる。埼玉県稲荷山古墳の鉄剣銘と熊本県江田船山古墳の鉄刀銘に「獲加多支鹵大王」としるされている。雄略天皇23年8月7日死去。124歳(「古事記」)。墓所は丹比高鷲原陵(大阪府羽曳野市)。別名は大泊瀬幼武天皇。お墓
場所:丹比高鷲原陵(大阪府羽曳野市島泉8) 撮影:2016年 |