解説
[1643~1724]江戸時代前期から中期の大名。寛永20年11月16日生まれ。前田光高の長男。正保2年3歳で加賀金沢藩主前田家5代となる。はじめ祖父利常が後見。改作法(農政改革)や藩職制・軍制などの諸制度を整備、また加賀象眼・蒔絵などの産業を振興。木下順庵、稲生若水らを招致し、和漢古典の収集につとめ、「歴代叢書」「庶物類纂」などを刊行。享保9年5月9日死去。82歳。初名は綱利。号は顧軒、松雲など。お墓
| 場所:野田山墓地(石川県金沢市野田町) 撮影:2009年 |
メモ
正室・摩須姫の墓も、同じく野田山墓地にあります。摩須姫は会津藩初代藩主・保科正之の娘です。加賀藩と会津藩では格に大きな差がありますが、摩須姫は2代将軍・徳川秀忠の孫にあたるため、血統を重視して正室に迎えられたのかもしれません。| 摩須姫の墓 撮影:2009年 |