お梅の方(おうめのかた)

一橋徳川家合祀塔(2010年)

[1700~1721]江戸時代中期、徳川吉宗の側室。17年紀州徳川家の和歌山城奥勤めとなり、吉宗の母浄円院につかえ、吉宗の寵愛をうける。享保元年吉宗が将軍となったため江戸城本丸にうつる。御内証の方とよばれた。6年小五郎(一橋宗尹)を生むが、同年10月死去。別名にお久の方。深心院。

寛永寺の塔頭である凌雲院に埋葬されました。
昭和中期に、谷中霊園内寛永寺墓地(東京都台東区谷中7-5-24)の一橋徳川家墓所に改葬されています。
(墓正面「倶会一処」)



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